うちのシナプスだって、本気出せば手をつなげる。

ごはんとお酒以外も上手に思い出せるよ!ということを証明する実験。尚、嫌いな作品をdisるほどのカロリーは残ってません。

『チキンとプラム(2012)』に関する記憶

そんな訳で今回は『チキンとプラム』です。

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映画『チキンとプラム~あるバイオリン弾き、最後の夢~』予告編

尚、この作品は、以下の気分のあなたにおすすめと考えられます。

①墓まで持ってく覚悟の恋がある→Yes
②「この世から消えるようにおさらばできたらなあ...」と、
 ほんのり考えたことがある→Yes
③バンドマンとの結婚を夢みたことがある→Yes

その心は...


今際の刻みに、誰ぞ思ふ

まずね。
ついていけなかったのは、わたしだけかもしれないんだけど。
理解するまで若干時間がかかって、最初ちょっと戸惑ったので。
そもそも設定について、説明しますね。
ほんと。ついていけなかったのは、わたしだけかもしれないんだけど。

アズラエルという、死を司る天使が出てきます*1
生きている彼と出会った者は、もれなく死ぬ。
という、ドッペルゲンガー的な、デスノート的な存在なんだけど

その天使目線で、天才バイオリニストと彼の周辺の人生をなぞる。
といったスタイルを取っていますこの作品。

天使はいいぞー?
俯瞰だし、誰の気持ちにも肩入れしすぎてないし。

だから、予告やキャッチコピーにあるような、
恋物語”だけ”では、決してなくって。

彼の幼少時代や兄弟も、出てくるし。
彼の母親も、出てくるし。
彼の子どもや、妻だって、出てくる。

その中の一つに、若い頃に成就しなかった恋の一つも出てくる。
というだけなのね。実はね。
なーんだ。よかった!(※ラブストーリー嫌い

なので、主人公ナセル・アリが生前知らなかったことなんかも
たくさんたくさん、出てくるのね。

たとえば、彼の子どもたちのその後とか。
たとえば、彼の妻の本当の気持ちとか。
たとえば、元恋人の本当の気持ちとか。

どちらかというと、死ぬだの死なないだのいう話より。
そっちの方が切ないんだよねえ...。

最期は妻の手を取り、生まれ変わってもまた一緒に!と誓い合い...
ってなったらそりゃあ、うつくしいのだけれども。

さすがフランス。アムールの国。
死ぬ前に誰を想おうが、心は自由。という訳です。

重態の旦那のこと、身もちぎれんばかりに心配してるのに。
当の旦那の頭の中には他の女が...とかむーん。むーん。むーん
わかったらたまらんけど...むーん。むーん。むーん。

しかしそこは、アムールの国。
心は自由。という訳です。

まあ、ねえ...
誰にでも秘密の恋の一つや二つ、あるものだものね。

いつも祈ってくれて、ありがとう

大切にしていた楽器を壊されて。
ショックだったのは、わかります。
悲しかったでしょう。
絶望したでしょう。
そりゃあ、許せないでしょうそうでしょう。

でも、ね。
「もう、死んでやる!ごはん食べない!部屋から一歩も出るものか!!!」
て...子どもか!!!

まあ、誰でも頭に浮かんだことはありますよね。
ゆるーい、希死念慮

でも、痛いのやだなー
苦しいのも、やだなー
あんまりみっともないのもやだし、汚いのもやだなー
家族や周囲に迷惑かけるのもなー

って、考えているうちに一晩経ったらどっかいっちゃう程度の「消えたい」感。

だから、ベッドで寝ているだけでゆるやかに自死に至れる。というのは
ある意味、んなことあるかい!的な夢のような設定なんだけど。
全体的におとぎ話的なタッチで描かれているので、
あまり物語から浮いてるようには見えないのね。

でね。でね。
全然メインでもなんでもないシーンなんだけど。
大好きなので語っちゃうけど。

彼は疑った
5日間死を願い、一向に叶えられない
誰かが彼のために祈ってる?
 
そのとおり 誰かが祈ってる

ここ!ここ!
ここが大好き!めっちゃ、好き!
3回観て3回とも、うげうげと泣いた。
全然メインでもなんでもないシーンなんだけど。

もういいやー、なんか人生降りたいなーってとき。
降りたいけど、降りられるような気配すらないとき。
その先も生き続けるのって、けっこうげんなりしちゃうよね。
しちゃうけど

「そっかー
 また誰かわたしのために祈ってくれてるのかー」

そう思ったら。
ありがとねーありがとねーってなるでしょうそうでしょう。
もうちょっと、がんばって生きてみようかなって思えるでしょうそうでしょう。

芸術点>>>>>生活能力、な男との距離感案件

何よ、全部私に押し付けて
洗濯、アイロン、炊事、そのうえ仕事
家族を養うのが男よ*2
 
くだらん。君は芸術家と結婚した
芸術家と承知の上で

とまあ、こんな具合に。
主人公ナセル・アリは、

けっこうな感じでクズです。

結婚生活、家庭内事情に協力しようなんて気は、さらさらなくって。
生活能力も、ほとんどない。

しかしねえ、バイオリンはねえ...
バイオリン”だけ”はねえ...

めちゃめちゃ素敵なんだこの人。

失くしたものは全て 君の弾く音の中にある
君の吐息 君のため息
その恋は尊い 永遠の命を得た

困ったことに、こういう男って現実にもいるんだよね。
芸術点がすべての欠点を補って、なおかつ余りある男。

しかし、結婚とは日常です生活です。
深く関わりすぎると、このように

最悪の場合、死に至る。

結論:バンドマンは遠くから憧れるだけ。が吉

淋しさを、ためるべからず。

予告にもあるけどね。
妻がバイオリンを壊すシーンがあります。
これがすごく、痛い。
どちらの気持ちに立っても、ものすごく、痛い。

わたしはつい、かの有名コピペのこと思い出しました。

kijosoku.com

当時、ね。このネタがバズってたとき。
わたしはだーいぶ、憤慨しました。
「なんて悪妻だ!許すまじ!断じて許すまじ!!!」と
わたしはわりと昔から、誰の趣味にもどんな趣向にも寛容な立場なのでね*3
女が皆こうだと思われたらたまらんわ!って思いもあったかも

今でも、ね。
基本的にはこの考えは変わらないんですが。

そっかそっか。
妻には妻の事情があって。
「もっと見て!わたしを見て!」
という、あれは悲痛なSOSだったのかもしれないよね。

知ったところでまあ、この行為は許されることではないんだけど。
妻は、妻で。
一生、この行為を後悔しながら。
一生、このことを背負いながら。
この先を、生きることになるんだろうね。

よく、浮気妻の判で押したようなお決まりの言い訳で。
「だって、淋しかったんだもの...」
というのが、あるけれど。

行為自体はまっっったく、同情も弁護もできないものの。
彼女の心の中でも、こんなことが起こっていたのかもしれないよね。
って想像はまあ、できそう。
行為自体はまっっったく、同情も弁護もできないものの。

言葉には、理由があるよね。
行動には、背景があるよね。

淋しさはためちゃ、いけない。
小出しにして抜いておかないと、大きな大きなモンスターに育ってしまって。
こんな痛い悲劇になるんだ。

淋しさはためちゃ、いけない。

別れても、いい女

一方、ナセル・アリと添い遂げられなかった元恋人、イラーヌだけどね。
二人ともが、うんと歳をとってから。
再会するシーンがあるんだよね。*4

でも、すれ違いざまにナセル・アリが彼女に声をかけるとね。
「は?誰?人違いじゃね?」
って顔するの、彼女

その、ね。
「は?誰?人違いじゃね?」
が、あまりにもあまりにも完璧すぎて。
声かけたこっちが
「あ。ごめん。人違いだったかな?」
ってなるぐらい。

で、彼がいなくなってから。
彼からは決して見えないところで、さめざめと泣くんだけど。
こんなに愛していながら、思わずぽろりしてしまわなかった彼女のこと。

尊敬します。

つい、言ってはいけないことまで口にしてしまいそうになるでしょう。
つい、今度こそは...って、希望を抱いてしまいそうになるでしょう。
つい、情にほだされそうになるでしょう。

だのに、あんな毅然とした態度。
そうだよねそうだよね。
お互い、別々の生活があるし。
今さら言ってもしょうがないもんね。

いい女だなあ。かっこいいなあ。
女に生まれついたからには、こうありたいなあ。
さて、わたしは、あそこまできっぱりできるかなあ?

だめになった恋に、男に。
みっともなく、すがったりしない。
あとから見えないところでは、いくら泣いたっていいから。

思い出の中では、いつまでも、うつくしく。

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とにかくもう、画がきれいです。
光の使い方が巧みな、暗めの低彩度。
ちょい黒強め。コントラスト高め。
つまり...

完全に、わたし好みです。

オープニングシークエンスなんかもちょっと、絵本っぽいんだよね*5
ドイツ、フランス、ベルギーの合作らしいんだけど。
この辺りにはちょっと、ベルギーの香りもする感じ。

はじめはそこから、絵が動き出したかのように錯覚する導入部。
でもこれが、実に自然で。
そこからずっと、リアルな紙芝居か何かを見せられているような、
箱庭感があるんです。

すごく、いい空気。

秋はいいね、こういうのも。

鶏のプラム煮 (ShoPro Books)

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*1:なんちゃらエルって出てくると、はっ!ってなるよね。エヴァ的に。でも、ざんねーん。イスラムの天使だよ!

*2:1940〜50年代の感覚です。あしからず

*3:だからわたしの趣味趣向も認めてよね、というのもなくはないけど

*4:最初の出会いと同じように脚から撮るアングル素敵

*5:実際、「昔々...」で始まるし