うちのシナプスだって、本気出せば手をつなげる。

ごはんとお酒以外も上手に思い出せるよ!ということを証明する実験。尚、嫌いな作品をdisるほどのカロリーは残ってません。

『あゝ、荒野 前篇(2017)』に関する記憶 - ひりひりする脳幹で、じゃあわたしが滑り落ちないための場所ってどこだろう?と自問自答したお話

どうも、あなたのぴのこです。

そんな訳で今回は、このお話。


ボクサー役の菅田将暉が吠える!『あゝ、荒野』予告編

尚、このお話は、以下のあなたにおすすめと考えられます。

①「……ったく、最近の映画はみんな前後編に分けやがって……」と思っている→Yes
②殺したいほど許せない相手がいる、もしくは自分が輝ける場所が見つからない→Yes
③巧い役者を1ダースぐらい観たい→Yes

その心は……

(※尚、台詞については耳コピであるため、正確ではない可能性が含まれます。ご了承ください)


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この映画のファーストシーンね。

新次が新宿のラーメン屋で、ラーメンを頼むシーンからなんだけどね。
新次がラーメンをすすった後に、2回。
「ああ!ああ!」って唸りとも低い慟哭ともつかない声が漏れるんだよ。

で、その後に。
あゝ、荒野』ってタイトルがばばーん!と

その瞬間にね。
あ。これ、只者ではないわ。
と思ってしまった。

3年ぶりの娑婆メシだったら、そらそうだろ。
あんな、声出ちゃうだろうよ。
菅田将暉すごいな、観るたび巧くなってる。
ただただ、巧くなってるだけじゃなくて。
凄味も厚みも、増してる。

他にも、たとえば。
序盤で出てくる、殴られたあとの新次の腹と。
ラストシーンでの彼の腹と、上腕の太さと。

全然、ちがう。
べつの人に、なってる。

俺はお前に遠くに行ってほしくない
って思っただよ

この告白のときもさ。
腹の座った、まっすぐな目線とか。
あーこれちょっと茶化しきれないな。
逃げ切れないなって思っちゃう。

あるいは、対戦相手を挑発する表情の豊富さ。
憎む。嘲笑する。吠える。
その、バリエーションの豊かさ。

ボクシングの世界では
いちばん多く憎んだ者に
チャンピオンの称号が与えられる
だから、
憎め!憎め!憎め!憎め!

なんて顔するんだ。
なんて顔、するんだ。


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一方、ヤン・イクチュンもすごい。
建二が『続・吃音の治し方』を読んでいるシーンからね。
わたしもう、ずっと掴まれっぱなしだったもの。

韓国の俳優とか歌手とかが日本語を話すときってさ。
「chu」とか「ju」の音に特徴が出ることが多いでしょう*1

わたしね、前にも絶賛したけどね。
『お嬢さん』って映画が大好きなのね。

pinocorita.hatenadiary.jp

どれぐらい好きか?って訊かれたら。
今年観た中で絶対TOP5には入れちゃうぐらい、大好き。

大好きだけどね。
日本語の台詞の発音とか、イントネーションとか。
そういうところはやはり、まったく気にならないとは言えなかったの。

けど、このヤン・イクチュンのすごいところはね。

建二という役柄はね。
日本人と韓国人のハーフで、吃音で、あがり症。
という、役柄なんだけど。

日本語の発音に、まったく違和感がなくて。
どもりについても、やりすぎてる感じがなくて。
完全に、「日本人と韓国人のハーフで、吃音で、あがり症」に見える。

どこも気になるところなく、建二というキャラクターに感情移入できるの。
建二として、完成しているの。

建二、お前、モテねーだろ
じゃがいもみてーな顔してるもんな
カネも女も頭も友達も、何にもねーだろ
ボクシングやんね?
うまく話せるかもしれないよ

逆にそうとしか見えなすぎて、じゃがいも顔にしか見えなくて。
あとからこのヤン・イクチュンのご尊顔を調べて、のけぞったぐらいだもの。

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全然、じゃがいも顔じゃないじゃん。
なんなら、イケメンじゃん。

それから、リアルといえば、もうひとつ。
たとえば、さっきね。
新次の腹筋と上腕二頭筋の話をしたけどね。

一方、終盤の建二はね。
お腹の皮に、たるみがあるの。
急いで減量した人のそれのような。

そしたらほら、デビュー戦の結果もほら。
納得できるじゃない?
説得力があるお腹の皮とか。
そんなのアリ?見たこと、ある?

あるんだよ、あるんだよ。
それも含めて、役作りなんだよ。

もひとつついでに、建二の日記に描かれているペン画のスケッチね。
あれ全部、ほんとにヤン・イクチュンが描いてるって聞いて、さらにのけぞった。

なので、この映画のポスターはね。

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このver.がいっぱい出回っていて。
日本での認知度を考えると、まあやむを得ないのかなとは理解できるんだけど。
わたしは!わたしの中では!!!

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こっちであってほしいんだ......。
せっかく、役者同士のバチバチの生々しさが堪能できる作品だからさ。


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さて。この二人がW主演な訳だから。
そりゃあ、熱くない訳ないだろうと思ってたんだけど。

脇を固める面々がまた、すごくてね……。
熱量がさらに増してる感じなの。

まず、ユースケ・サンタマリアの進化に、びびった。
新次と建二、二人が所属するボクシング・ジムのオーナー兼トレーナーという役柄なんだけどね。
これがまた、熱くって。

わたし、この映画は都合3回観たんだけど。
3回とも客席から、片目の台詞で笑いが起きてました。
あの、キャバクラのくだりとか。
ふたりにリングネームをつけてあげるところとか。

特に、建二にとってはね。

お前、いいパンチ持ってんな
床屋なのにな
傷が治ったら、いくらでも殴っていいから
俺がミットで全部受けてやっから

こんなこと、言うんだもん。
全然わざとらしくなく、クサくなく。さらっと。
そら、建二も、泣くわ泣くわ。

建二のこれまで人生ってね。
褒められたり、認められたりすることが少なかった人生なんじゃないかなって思うの。
たぶんね。

でも、ここのジムに来てからは、さ。
腹筋すげー!ってなったり。
歌を褒められたりする訳じゃん。

新次が、片目が、このジムが、ボクシングが。
建二にとって、すごく大事で、すごく特別な場所になっていくことがとてもよくわかる。

打ってるときって、体が空いてんだよね
だから、打たれてるときはチャンスなんだよ

で、このことが。
おそらく後篇にも、大きく影響することが、よくわかる。


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一方、新次がボクシングを始める動機は、というとね。
3年前に、自分と相方を傷つけた裕二に対する復讐心。
これがいちばん強いみたい。

お前クソだな
知らねーよ
劉輝なんか関係ねえ
もう、俺とお前の問題になってんだよ

この、裕二を演じる山田裕貴はほんとね。
ハイロー観たときも思ってたけどね。
ガン決まりしているときの目がすーごく、いいんだ。
魅力的なんだ。
あの、瞳孔全開の表情での説得力がすごいんだ。

「おかえり?
 何だよ、それ
 人のこと廃人にしといて、てめーはスポーツかよ」
「必要だったんだよ」

この「必要だったんだよ」という台詞はね。
実はこのあともう1回、出てくるんだけど。

ジムに乱入してきた新次をKOしたあとの裕二の目とか見てるとね。

ああ、そうだろう。
君にはさぞかし、ボクシングが必要だろう。

って、すごく、わかる。
あの目だけで、すごく伝わる。

ああいう場所がないと
滑り落ちそうになるんだろ

これは、裕二に向けられた言葉ではないけれども。
ボクシングがないと、裕二は滑り落ちてしまうんだと思うの。
だから、「必要だったんだよ」なんだよね。

でも、新次は......?って問うたらさ。
彼だって、そうでしょう。

新次君……また、逆戻りだよ?

新次だって、滑り落ちてしまうでしょう。
ボクシングがなかったら。


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で、またすごいのが、このお話の構成ね。
暗転が、すごく多いの。
その辺り、最初はあー演劇的だなー。さすが寺山修司!と感じたけれど。
そうじゃなくて、それだけじゃなくて。

一見、無関係に思えるような人物が、出来事が。
じわじわ、この二人に繋がっていって。
結局、全部の集中線が、この二人に、彼らのリングに、繋がる感じなの。

たとえば、建二と父親の関係なんてね。
自殺防止フェスの話なんか、最初、どこに関わってくるんだよー?って思うじゃん。

建二の父:建夫は、酒代を息子の財布から抜くし。
DVは酷いし。
はじめはなんてクズな父親なんだ……って思ったけどね。

けど、後半にさしかかるとね。
名台詞の嵐すぎて、口開けて観ちゃったし。
なんならわたし、ちょっとよだれが出てたよ。(※日本語フェチ

「おじさんは、なんで死にたいの?」
「あえて言えばな
 体がな、俺の健全な精神を支えられなくなった」

「何してるんですか」
「話してるんだよ」
「誰とですか」
「俺の墓と」

もうねえ、もうねえ。
観た人ならわかると思うけど。
ここの缶ピース」っていうチョイスがもう、最高すぎる。

建夫に、似合いすぎる。
ピース缶に詰められているもの、含め。
彼の墓として、最適すぎる。

砂漠で女子どもを救って殉死した英雄と
自殺した俺の部下4人
どっちの命が重いか
正解は、『命に重量はない。』だ
戦場かどうかは関係ない
『人が、仲間が、死んだ。』
それだけだ
わかるか?小僧

「お前ら、みんなビョーキなんだよ
 人間がいちばん最後にかかる、いちばん重いビョーキ
 "希望"というビョーキ」
 
「それでも生きていくしかねーんだよ
 クソみてーな人生を」

初めのうち、なんてクズな父親だと思ってた人物がね。
こんなハードボイルドな台詞を吐くんだよ?
can't stop よだれだよ、涙だよ、こんなの。(※日本語フェチ


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そんな具合で、出てくる役者、出てくるキャラ。
すべて素晴らしいんだけれども。

若手もハンパなくすごい!というところが、これからの映画界に希望が持てる感じなんです。

たとえば、前原滉。
彼は、「自殺防止フェス」を主催する大学生:川崎敬三役として、登場するんだけどね。

初登場のシーンからして、すごい。
彼の眼鏡の中の、一重まぶたね。

弱者が追い込まれて取るべき道がなくなったときの武器
強者に対抗できる美しい武器
それが自殺なんです

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なんであんなに、冷たいの。
なんであんなに、ざわざわするの。
なんであんなに、嫌な予感しかしないの。


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たとえば、芳子を演じる木下あかりにしても、そう。

わたしね……ごめんね。
彼女がフルメイクでも、そこまで美人だと感じなかったんだけど。

あ。「あゝ、荒野」でぐぐると、けっこうな上位に「濡れ場」って出てくるからね。
あえて、言います。

来たよ
つかまえるよ

彼女はセックスのあとに、表情が変わるんだ。
特に、「飲む?」って台詞のあとの彼女の表情よ。

すごく、きれいなの。
すごく、優しい顔になるの。
(※まあこれはこれで、そのあといろいろあるんだけど)

ここに、爆弾があるんだよ
で、ときどき、爆発するの
 
かわいいね、あんた

あと、最初のセックスと。
2回目のセックス(※未遂)についてもね。

なんというか、その……がっついてないの。
二人とも。

行為の流れ自体が、ややゆっくりしていたりね。
女の子の体に負担の少ない体勢になっていたりね。

ちゃんと、2回目の方が、愛のある営みになっているの。
これ、すごい。
ちゃんと、差をつけて描かれているの。
これ、すごい

確認してみて。
全っ然、ちがうから。


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そんな訳で、あまりにも、あまりにも。
現代の新宿の話に馴染んでいたので。
寺山修司の原作(※未読)がどんだけ改変されているのかと思っていたけれども。

ざっと調べたところ。
原作には登場しないキャラが少しいるとか。
舞台の年代が違うとか。
キャラの背景が少し異なるとか。
そういうことぐらいみたい。

これがすごく、意外だった。
原作の舞台が1966年、映画の舞台は2021年の新宿なんだけど。

未来の話なのに。
すっごく、昭和っぽいの。

たとえば、芳子が住むマンション。
屋上で、なんらかの植物に無表情で水を与え続ける、(おそらく認知症の)おばあちゃんが出てくるけれども。
あのおばあちゃんは、物語には直接関係してこないんだよね。
でも、「芳子が普段どんな生活をしているか」をあれだけですごく表現してる。

あるいは、居抜きでケアハウスに改装した元ラブホ。
あの社長の宮木の、品のなさ。ベタベタ感。
「もっと見せて」のあの変態顔とかまじすごい。
高橋和也も、進化してた。
だって、ああいうベタベタした社長って、ほんとにいるよ。歌舞伎町に。

こんなにキャラクターの体温に触れられる映画は、ひさしぶりだよ。
前篇見逃した人は、よかったら配信版で。

video.unext.jp

待ち切れなかった後篇は、いよいよ今日からです。

涙も鼻水もよだれも脳汁も体液も。
いろんなもん、搾り取られたけど。
「泣けた」とか「感動した」とか、そんな言語では表現したくないんだ。

すごいもの、観たんだよ。
すごい体験を、したんだよ。

だから、ぜひ。
後篇は、ぜひ。

劇場で、お会いしましょう。

*1:こういうこと言うとまた、怒られるかもしれないけど。日本人が話す韓国語だってヘンテコだろうし、わたしの中では、日本人が英語のLとRの区別がつかないのと同じようなものだと認識です。